祈りとしての絵画
白い無垢のキャンバスに向かい、眺め、筆を取り、絵の具を乗せる、画面上に現れた色彩と形態のうねりに触発され、また絵の具を乗せる、画面に語りかけるような行為の繰り返しによって絵を描き上げる。時には荒々しく、あるいは静かに感情の起伏を反映させ。
今回の展覧会では、油彩画と素描を展示します。各作品から制作の過程を検証してみようと思います。
「水の香り」は故郷の田園風景を思い浮かべました。6月、田植えの時期、梅雨に入ると川からいっせいに田んぼに水が引かれます。それに呼応し蛙の鳴き声が劈き、家の周りは池のようになります。畦に区切られた水田には瑞々しい苗が植えられ、一面は緑に覆われます。大量に降った雨による「湿気」、蛙の鳴き声に支配された「音」、初々しい稲の「緑」、そして、豊富な水によって生成された植物の「匂い」、私はそのような五感に体験された「記憶」を画布上に表現しようと試みました。そこで「過去の記憶」に思いを馳せ、これから完成される絵、いわば「未来の光景」のおぼろげなイメージへ意識を集中させてゆきました。イメージが喚起される過程では、過去と未来が交錯し、時間軸が消失するような体験がありました。
「直観」と「突破」、この2点に共通して言えることは、一瞬に体感できる、視覚的に強いイメージを表現したかったということです。したがって赤とオレンジの比較的彩度の高い色を主に使いました。また、最後に加えられたストロークによってできた形態には空間を裂くというようなイメージがありました。
「開かれた窓」は大気に解き放たれてゆくイメージがありました。淡いブルーには黒は使わず、全体に透明な空間を意識しました。原色の赤紫の縦のストロークは、裂くということではなくブルーに対しての調和をイメージしました。
「誘惑」は黄色のうごめくようなムーブメントに対して、体のラインを髣髴とさせるような形態を描きました。古代ギリシャ彫刻のトルソが放つ永遠に新鮮な魅力に触発されました。
「素描」は、油絵の具による形態、オイルスティックの線、そして紙の余白。それら三つの要素が、拮抗を保ちながら、リズミカルな絵になるように意識しました。また、右下には制作日を加え、私の中にあるおぼろげなイメージを、漂うままに、日ごと記して行きました。
私は作品が出来上がって行く過程にこだわります。アトリエでは描くことに徹し、上述したイメージが同時進行します。そして描くことに集中できたとき、自然に筆は動き、ふと、そこには描かされている自分、つまり、客体になった自分がいるように思えることがあります。それは「何者かに対して委ねる自分」でもあるわけです。
私は描く道具になりたいと思っています。
小川 佳夫
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